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ビックコミックスピリッツで連載されていた漫画「闇金ウシジマくん」が完結した。
連載期間15年。連載開始は2004年のことらしい。
ウシジマくんの漫画とは不思議な縁がある。
連載が始まった当時、僕は大阪でバイトをしながら漫画を描いていた。僕の友人も漫画家を目指していて、バイト終わりに互いの家に行って、ああでもないこうでもないと議論しあったり、漫画を見せ合ったりしていた。僕は24歳で友人は23歳。お互いに若かった。
当時僕はスピリッツがすごく好きで毎週買って読んでいた。ウシジマくんが始まった時ももちろんチェックして、「なんて暗い漫画だ」と思った。
OLがお金に困って闇金に手を出し、どんどんと生活が行き詰まって行って、ドラックにまで手を出して、最終的には宗教の教祖になるというオチだったと思う。
正直「これ何が面白いんだろう」と思っていた。
僕は自分の両親が貧乏で街金に手を出したりしていたので、余計にそう思ったのかも知れない。
「笑えねーよ」と思った。
ほどなくして友人は漫画賞を受賞して上京することになった。
僕は絵が下手だったので、将来はどうしよう。と暗い日々を送っていた。

友人が上京した後も頻繁にメールや電話で連絡を取っていて、ある日、友人から「アシスタント先が決まった」という連絡が来た。
その頃僕は漫画界に何にも接点がない生活を送っていたので、「すごいね!おめでとう。」と言った。
「何の先生のところでアシスタントするの?」と僕は聞いた。
「吉田君が嫌いって言った漫画だよ」と彼は答えた。
ウシジマくんだった。

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友人がアシスタントをしているということでウシジマくんを見る目が変わった。
「すごくいい漫画な気がする」と僕は思った。若い頃の漫画の見方なんてそんなもんだ。
それまで僕が読んできた漫画の主人公は何か苦難を抱えた状態から始まり、努力をしたり才能を磨いたりして、最終的には成功するというストーリーだったし、自分が漫画家になるためにもそういう漫画を描こうとしていた。
でもウシジマくんは違った。登場人物は基本堕落しているか追い詰められている。欲望に素直で、向上心がなく、常に裏をかこうとしている。そして最終的には病院送りにされたり、普通に死んだりする。
全然ハッピーじゃない。
しかし繰り返し読むうちに「そういうことなんだ」「そういう面白さなんだ」と思えてきて、毎週読むようになった。
友人の上京から3年経った頃、僕の漫画も賞に入ることができ、一か八か上京することにした。26歳になっていた。
友人の四畳半の風呂なしアパートにパソコンと服を詰め込んだダンボールを送りつけて、転がり込んだ。なかなか無茶で迷惑なことをするものである。
編集部に通ってネームを持ち込むとほどなくして、スピリッツの増刊号でデビューが決まった。
編集者が「アシスタントをする気はあるのか?」と聞いてきたので、「僕でも雇ってもらえるところがあるならやりたいです」と答えた。
その編集者は僕の履歴書と漫画と僕が描いたひどい背景の絵を色々な漫画家の先生の事務所に回してくれた。
アシスタント先はなかなか決まらなかった。そりゃそうだよなと思いながら、新しく借りた西東京のアパートから日雇いのバイトに通っていた。
ビルの建設現場で一日中ガラを運び出す日々。

ある日バイトから帰り、発泡酒を開けて、その友人と電話しているとこんなことを言われた。
「そういえば吉田くんの履歴書を真鍋さんが見ていたよ」と。
ウシジマくんの事務所もアシスタントを募集していたらしい。
「え?何か言ってた?」
「『これって君の友達なの』って聞かれたから『はい』って返事したら、『だったらやめとこうかな』って言ってた」
そりゃそうだよなと思った。
その後、同じ時期にアシスタントを募集していた佐藤秀峰さんが僕を雇ってくれた。
10年前のあの時、僕がウシジマくんのアシスタントになっていたら今どうなっていただろうか…ということをたまに考える。

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その後、僕はすっかりウシジマくんのファンになった。
例えばドロップキックのシーンで、当たった瞬間を真鍋先生は描かない。
ドラゴンボールだとかめはめ波が当たったシーンは必ず描かれる。
いつしかそこを描かない演出方法に惚れ惚れして読んでいた。
一体何がそんなにかっこいいんだろう。
何を描いて、何を描かないか。というのは「何を言って、何を言わないか」ということなのかもしれない。
それはそのまま美学であり、矜持であり、そこには作家の世界に対する姿勢のようなものとつながっているような気がする。
いや、そんなに難しい話ではなく。
僕はそこに「大人」を感じていたのだと思う。
20代と30代の15年間で僕は上京して、肉体労働して、デビューして、結婚して、子供が生まれて、家を買って、2回打ち切られててバイトしたりした。
自分の体験した「東京の暮らし」とウシジマくんの漫画はすごくシンクロしていた。

変なおじさんにならないために、ドロップキックが当たる瞬間を描かないということが大事な気がする。


コメント

漫画が当たる瞬間を描けないたかし
> 漫画が当たる瞬間を描けないたかし
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