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今読切のネームを描いている。
某雑誌からご依頼をいただき、なかなかうまく描けない日々が続いていたんだけどようやく42P描けた。面白いと思うけどどうでしょうか。
運が良ければ掲載されますが、掲載されない場合も描いて短編集に載せようと思う。

ネームをしている時も1分に1回ぐらいツイッターを見てしまう。
見たところでなんの変化もないのに気づけばスマホを開いてしまう。
去年こんなのでは仕事にならないと、スタッフにお金を払ってツイッターアカウントを預けたことがある。
ツイートしたいときはラインで送るわけだ。人の手まで借りてなんと迷惑なことだろうか。
3ヶ月ぐらいそうやってツイッターから離れてみたわけだけど、それでもブラウザから自分のツイートへの反応を逐一チェックしてしまう。
もうだめみたいだ。
でもタイムラインを追っていないだけでこんなにも人と話が通じないのか、というのは勉強になった。
ツイッターをやらないだけで、みんなが知っている情報に全然ついていけない。
ということは飲み会でもツイッターの話をしているわけだから僕の周りにいる人間もかなりの依存症という可能性が高い。
今はアカウントを戻してもらって自分でやっている。また見るペースは全盛期の勢いを取り戻してしまった。
現役バリバリ脂が乗りまくっている。今は引退など考えられない。

ハマるならとことんハマってしまえばいいと思っていると最近はツイッターをチェックしながらでもネームができるようになった。
進化成功である。
ブログを再開したこともそれにつながっていて、ツイッターと言わず、ブログも書くことがなくなるまで書いてしまえばいい、と思うようなった。
毒を食らわば皿まで。
靴が濡れたら膝まで。
膝まで来たら腰まで。
少なくともブログを書いているうちはツイッターをしなくて済む。

さらに今年からツイッターの使い方も変えた。
今までは気に入ったものとか面白いものがあっても特に反応しなかったのだが、最近はたまに反応するようにしている。
なぜ今まで反応しなかったのかというと、いろいろあるけど一番大きいのは「恥ずかしい」ということだ。
自分が何を好きか、何を好きなやつだと思われたいのか、そういうアピールをしていると思うと恥ずかしくてたまらなかったのだ。
マンガなんかにRTすると自分が好きな気持ちが作者に届いてしまう。そんなこと恥ずかしくてとてもできなかった。
これはSNSネイティブではない1980年以前に生まれた者の典型かもしれない。
RTするかどうかで気づいたら1時間ぐらい悩んだりしたこともあった。
そんな不毛な時間は僕の人生には残されていない。
というわけで変えるに至った。
追い詰められないと何もできない。

変えてよかったのか今の所どうかわからない。
そんなに変わらない気もする。
できる限り素直になっていく。
それが変なおじさんにならないために重要である気がする。

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