白状します。


禁煙やめました。

1年くらい続いたんですけどねー。

以下の文章は僕が丹精込めて作り上げた
「禁煙を断念したいいわけ」でございます。
是非ともご賞味ください。













あのね、

そもそも禁煙というものは
一生かけて取り組んでいく人生の一大事業だと僕は思うんです。
例えば「夫婦」というものを考えてみていただきたいのですが、
結婚した次の日から最高の夫婦になれるわけがないじゃないですか。
ケンカもして、傷つけ合って、いろんな経験を経てね、
愛(LOVE(ラヴェ))は育まれていくわけです。

僕が初めて禁煙にトライしたのは、今から5年くらい前のことで、
はじめは3日くらいしかもたなかったんです。
それを1週間、半月、1ヶ月、3ヶ月とだいたい3年くらいかけて
記録を伸ばしてきました。
それは喫煙しては禁煙をし、禁煙に断念しては吸い始めるの繰り返しなわけですが、
禁煙すると一度決めたなら、「少なくとも前回の記録は必ず塗り替える」というのが
僕の絶対のルールなのです。
そこには「過去の自分に負けたくない」という黄金の精神があるわけです。

で、

前回の禁煙は1年続いていて、
「もう、これは一生止めちゃうのかな」と僕は思っていました。
しかし運命とは得てして残酷なものです。

実はうちのかみさんも長年の喫煙者で、
彼女は決して禁煙なんかしない、とても熱血硬派なスモーカーなわけですが、
僕の禁煙が1年に差し掛かった頃、
「ワタシも止めてみようかな・・・」と言い出したのです。
僕はすかさずそれを諭しました。
「俺がここまでくるのにどれほどの年月を費やしたかわかっているのか?
君には無理だ。残念だけど・・・あのね、禁煙というものはね・・・」と忠告したところ、
彼女は「できる」と言い出し、
「無理だ」

「いやできる」

「無理だね」

という応酬が一通りあった後、気がついたら、

「一ヶ月やめたら2万やる」という契約を結んでいたのです。


ちょっと長くなりましたので一旦ブレイク。
というわけで、禁煙という名の修羅の道を歩み始めた彼女ですが、

僕の予想を裏切り、彼女の禁煙は3日、1週間と続いたのです。
とうとうそれは20日目に到達しました。
あと10日、あと10日で2万。

えっ・・・?

あと10日で俺が2万円払うの?


「・・・・」


「そんなの嫌だ!」
と僕の闘争心に真っ赤で力強い炎が灯されました。



翌朝から連日に渡って
僕は彼女に煙草のすばらしさについて語り始めました。
煙草がどれほど我々の生活に豊かさを与えてくれているのか、

春の朝日にたゆたう煙草の煙について
真夏の海、地平線に沈んでいく夕日を眺めながらの一服について
秋の寂しさを埋めるニコチンとタールについて
冬の風に吸い込まれていく喪失と再生について

ある時はパルプフィクションのユマサーマンの特大写真を見せつけ、
またある時は「アイヴィロード」のジャケット写真について切々と語り、
またある時は「君は煙草の煙の重さの量り方を知っているか?」と
映画「スモーク」のハーヴェイカイテルのセリフを引用しました。


にも関わらず、ついに彼女の禁煙は25日目に差し掛かりました。
これには僕も頭を抱えました。
1年もたばこを吸っていない僕がどれほど雄弁に語ろうと、
今ひとつ説得力に欠けてしまうわけです。

こうなると最後の手段です。
26日目には僕は彼女の前で実際に煙草を吸って見せてやったのです。
とてもうまそうに。悠々と。

と、いうわけで・・・・



僕の禁煙は終わりを告げたのでした。


ちなみに彼女は禁煙1ヶ月を見事達成させました。
そして僕の口座からネットバンクで彼女の口座に2万振り込まれました。
彼女は次の日から吸い始めました。ふつうに。

このとおり禁煙とはまさに修羅のごとき道なのでございます。



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